「ずっと母親がしんどい」私の母親の話。

29歳

私は、昨年結婚し現在無職になった29歳です。

正直、結婚に至るまでかなり母親に心をすり減らされてきました。

父親の死をきっかけに色々なことが重なり、今の母親はかなり丸くなっていますが

学生時代や1人暮らし(自ら強引に逃げました)を始めた頃は鬼のライン祭り。

その文を読んでは家で、嗚咽をし会社に行っていた頃を今でも鮮明に覚えています。

今回はそんな私の母親の話を書いていこうと思います。

誰かに相談しても・・・

私

私の母親は本当にやばいから。(学生時代の口癖)

友人
友人

うちの親もそうだよ!いつも夕飯いるか聞いてきてうざいよね〜

私

だ、だよね・・・(なんか違う気がするな)

「私の母親ちょっと他の人と違うかも。」学生時代、色々な人に相談してきましたが

イマイチ誰にも共感できずモヤモヤしていました。

こんな人に読んでほしい

✔️母親の過保護が少し行きすぎていると感じているかた

✔️毎日、親のラインがきて体調が悪くなっているかた

✔️脳内の母親の割合が8割超えている方

今回、今だからわかる母親のこと・エピソードを紹介していきたいと思います。

当時 似たような境遇の方の話をネットで見て

共感をして心が少し軽くなったことがあります。

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私は、この本でかなり元気が出ました。

そしてこの本を読むことで

自分を守れるのは自分だけと気付かされました。

私はこの本を読み、「1人暮らし絶対いつかするぞ!」

と決め何年かたち実行しました。

実際、未成年の方は、なかなか逃げ出すことはできないと思います。

でも、逃げ出しかたをイメージしておくこと

そう言う人がいることを知っておくことはとても大切です。

今回の私のエピソードも少しでも皆さんの支えになると幸いです。

小学校時代ー母親絶対服従期間

毎年来る母の日が怖い

毎年来る、「母の日」

このイベントを忘れて、何もしないと私の母親は豹変します。

母

なんでなんもしないの!

〇〇ちゃんのところは、ケーキ作ってくれたって!

反省して次の年、慌ててお小遣いを使って花をプレゼントすると

母

私、花とか好きじゃないんだけど!!はあ。もう!!

この時の私は、お母さんを喜ばせることに模索しており

毎年母の日が怖くなっていました。

「あなたのため」と言われてうけた中学受験

小学校4年生から私立中学受験のため、塾に通っていました。

勉強は好きではないし、なんのために受験をするのか

わかってはいなかったですが 

「あなたのため」と言われ続け

学校も休み、詰め込み教育をさせられていました。

当時の私
当時の私

ひどい成績取っちゃった・・・。見せたら大変なことになる。

少しの間、筆箱に隠しておこう。

母

(見つけ出し)何これ・・・?

悪い成績表をもらうと、どうやって隠すかばかり考えていました。

結果いつも母親にバレてしまい罵声罵倒。

手を上げるような人ではありませんでしたが

私の心はボロボロでした。

私がダメなんだ。」

当時の私はこう思っていました。

母親の言うとおりにしないといけないと思い込んでいた過去

✔️全てあなたのためにやっているのが口癖

✔️成績が悪いと罵声罵倒を浴びせられる

✔️絶対に他人と比較する(〇〇ちゃんはできてたのに!!)

これが当時の母親の特徴でした。

お母さんの言うとおりにしてれば、お母さんは喜んでくれる。

お母さんの言うとおりにしてれば、幸せな未来が待ってる。

そう思い生活していました。

中・高時代ー母親洗脳期間

勝手に携帯を見られて予定の把握されていた

無事に私立受験は中の上くらいのところに合格。(母親ご満悦)

中高一貫の女子校に通うことになりました

女子校ということで、母親も安心していたのでしょう。

部活を通じて仲良くなった男の子とメールをよくしており

それが母親に勘付かれてしまいました。

ある時、自分の部屋に入ると

当時の私
当時の私

何してるの!!!

母親は私のスケジュール帳、携帯の中身をチェックしていました。

今思えば、私がいない時に毎日勝手に

見られていたと思います。

母親に、ユニバに行くことを伝えてないのに知っていたり・・・

とても怖く、部屋の隅で過呼吸になっていました。

進路は強制的に薬学部(あなたのためよ)

小学校時代に、勉強で完全燃焼してしまい

中学校からはあまり勉強をしていませんでした。

成績はよくなくても、高校には上がれるので

それまで成績のことは特に何も言われませんでした。

私は、特になりたいものはなく数学だけ得意だったので理系に。

当時の私
当時の私

工学部気になるな〜

母

女は、薬剤師になるものなの。薬学部に入れない人は貧乏になるの。

当時の私は、洗脳され薬剤師にならないと生きていけないと

真にうけていました。

娘を自分の支配下へ

どんどん私は自分の個性を出すことはできなくなり

それでも母親を信じていれば大丈夫と信じきっていました。

母親は

✔️当時は薬剤師という響きはよく、薬剤師の母親になることが目的だった。

(今思えば、私のためではない 自分のため)

✔️絶対に謝らない(勝手に携帯を見られたりしましたが、謝られたことはない)

✔️自分の支配下から逃げようとすると、怒る

今思えば、明らかに異常ですが未成年で未熟と言うこともあり

完全に母親の支配下に置かれていました

大学受験時代

親の洗脳は成功し、私は薬学部を目指すことになりました。

塾の先生は母親のヤバさに気づいていた

当時の塾の先生が、

「あなたは絶対に1人暮らしをした方がいいから県外を受けなさい」と言ってくれ

母親を説得してくれました。(結果、県外は落ちたので自宅通学に。)

今思えば、先生は母親のヤバさに気づいていたのだと思います。

県外の大学は、母親には苦しい決断だったようでしたが

「慶◯大学を受ける」というステータスに満足したようで快諾しました。

あなたは希望の大学には受かりません

しかし急に娘が県外に行くことに不安を感じたのか

受験の1週間前に

「あなたはあんな大学受かりません」

と連絡が来て号泣をしたのを今でも覚えています。

(母親は送る相手間違えたと言っていた)

ちなみに結局、大学受験は落ちました。この時母親に

母親
母親

何落ちてんの!この恥晒し!

と言われました。(今思い出してもひどい・・・)

私の母親っておかしいかも・・・

✔️自分の見栄の部分が崩れるとキレだす

✔️やはり、絶対に謝らない

受験の前後で、感情を露わにした母親。

娘が失敗した受験にキレてきたり、自分の見栄が張れないことがわかると

不機嫌になったり

「私のためじゃないの?」と思うことが多くなり

やっと母親の人間性を疑うようになりました。

少し文章が長くなってしまいました。

大学時代・社会人以降や続きは、次の記事に書きます。

リアルな最近のラインも載せていこうとおもいます。

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